2019/09/30

茨城交通 湊線 混合列車のはずが・・・

午前中、混合列車の設定があり楽しみに待っていましたが、貨車はいませんでした。。。
うしろの気動車はキハ2005。
留萌鉄道から来ました。




キハ2005は、ひたちなか海浜鉄道になってからも活躍していましたね。
こちらの塗装も良い感じでした。

時を経て、この頃から何度か この路線に足を運ぶ事になりました。



茨城交通 湊線 中根駅付近
(上)1980年4月  3日撮影
(下)2012年4月29日撮影

2019/09/28

茨城交通 湊線 阿字ヶ浦駅でケハ402を見る

立ち寄った阿字ヶ浦駅で見た湘南型2枚窓の気動車。
ケハ402 。
良いスタイルですね~
向こうにいるのは「へそ電」キハ1002だったようですが、なぜか撮っていない・・・
この頃のことは、もとRM名取さんの編集長敬白に詳しいです。
しかし、どうしてもっと小まめに撮らなかったんだろう。
フィルムが無かったのかな。。。


茨城交通 湊線 阿字ヶ浦駅
1980年4月3日撮影

2019/09/27

茨城交通 湊線 ステンレスのケハ601を見た

小高いポイントから次の列車を待っていると・・・
きらきら光りながらやって来た一両の気動車。





湘南型2枚窓。
ケハ601。
のどかな田園風景の中に、ひときわ異彩を放っていました。
羽幌炭鉱鉄道の渋い塗色が茨交色となっていたので、余計にそう思ったのかもしれません。





4月ではありますが、冬枯れの趣。
意外と風景に溶け込んでいるかも。





当時のレンズは、逆光ではこんな感じになりました。
絞りの形も6角形。
派手なゴースト、盛大に出ていますね。

当時は羽幌色が好きだったので この車両が来るとがっかりでしたが、今となっては貴重な記録となった気がします。
今はどこへ行っても銀色の車両が大勢。
そういう意味ではケハくん、名実共に時代のトップランナーだったと言えるでしょう。



茨城交通 湊線 中根駅付近
1980年4月3日撮影

2019/09/26

茨城交通 湊線 魅惑の那珂湊機関区

混合列車が勝田へ行ってしまった後、しばらく機関区を眺めていました。
奥に ずらりと並ぶ気動車群。
右に ちらりとケハ601の姿。
そして庫の中にも一両見えます。
壮観ですね。
いつまでも、眺めていたかったと思います。

名残惜しい気持ちを抱えつつ、那珂湊を後にしたのでした。


1980年4月3日撮影

2019/09/25

茨城交通 湊線 那珂湊で混合列車を見た(はず・・・)

朝の那珂湊駅。
気動車と貨車が連結しようとしています。
勝田行き。
右側へ出発して行きます。
そうすると、貨車の前に機関車が付いていたのか・・・





付いていました。
ケキ103。
混合列車でした。
が、なぜか編成で撮っていないんです。
勝田から戻ってくる列車を撮ればいい、と思っていたのか。

しかし・・・
その写真がコチラ

貨車は付いていませんでした。。。
そんなものですね。。。



1980年4月3日撮影

2019/09/24

国鉄 拝島駅で見た ED16 と EF15

八高線の気動車を見に行った帰りかもしれません。
いつもなら東飯能から西武池袋線に乗り換えますが、この日は拝島までやって来たようです。
待ち時間に西武拝島線のホームから国鉄の列車を眺めていました。
ED16は、奥多摩から石灰石を運んできたのでしょう。



EF15は、その石灰石を受け取ります。
向こうに見えるのは国電101系。
クーラーが載っていませんね。
青梅線へ行くのか、五日市線か、はたまた中央線へ入っていくのか・・・





八高線のDD51も いました。
飽きませんね。
西武電車が来ても、しばらく居たんじゃないかと思います。
その西武も、701系とか451系だったでしょうね。


1981年3月撮影

2019/09/23

北陸本線でEF70を見た日

北陸本線で活躍していたF級交流電気機関車。
空いた時間に俯瞰の出来る場所から、線路をぼんやり眺めていたんだと思います。
突然現れた列車(旅客か貨物かは・・・?)。
力強い走り!
カッコよかったですね。


1981年3月撮影

2019/09/22

福井鉄道 南越線 1981年最後の冬 ②

【村国~北府(きたごう)】

日野川を渡るモハ132。
自社の西武生工場で昭和38年(1963年)に新製された13メートルの車両です。
台車はブリルだったようですが、この時は認識が薄くって良く覚えていないという・・・ 残念な思いです。





デキ1牽引の貨物列車。
デキ1は、昭和10年(1935年)芝浦製作所製の機関車。
台車はTR10。
この可愛らしい貨物列車を見る事ができて大喜びでした。





ずいぶん頑張って牽引しています。




寒そう!




国鉄の駅ホームから見る。
2両連結して行ったのかな。
撮影できたのは単行だけでした。

南越線は ただ一度だけの訪問でしたが、貨物列車も見る事ができて良かった。
行き帰りの夜行列車も、疲れを感じる事はありませんでした。
この時は、国鉄、私鉄を問わず、様々な路線へ行きましたが、北陸は素晴らしい鉄道路線の宝庫だと認識を新たにすることが出来ました。

この後も何度か北陸に足を運ぶ事になります。


1981年3月撮影

①~②完


2019/09/21

福井鉄道 南越線 1981年最後の冬 ①

【国鉄武生駅から社武生駅を見る】
1981年3月に訪問した福井鉄道南越線。
この月末の運行を持って廃線となります。
どうしても見たくなって、夜行急行「越前」に乗車!
向こうの電車、機関車を見たときは感激しましたね。
廃線になるという実感がわきませんでした。




モハ130形。
可愛らしい!




車内から見る。
運転台がシンプル。





【粟田部】
モハ132。
これから沿線の撮影のため、歩きます。



1981年3月撮影

2019/09/20

京福電気鉄道 福井支社 モハ2001形を眺める

左は国鉄の客車列車。
右は京福電鉄。
向こうに見えるのは新福井駅かな。
車両はモハ2001形。
車両、線路、すべてが時代を感じます。




もと南海の電車。
大きなヘッドライトが良いですね。
少し陽が射してきたのかな。
あまり寒そうな感じがしませんね。




昭和12年(1937年)製の電車。
当時でも、なかなかの古さ。
北陸は、国鉄も 私鉄も 楽しさいっぱいでした。



1981年3月撮影

2019/09/19

富山地方鉄道 富山市内線 富山駅界隈でデ7000形に会う

【西町】




【荒町】





【富山駅前】


遠くに見える山々。
行きかう大勢の人々。
活気があって良いですね。
7000形のツートーンも、街に溶け込んでよい感じです。


1981年3月撮影

2019/09/18

加越能鉄道 万葉線 高岡駅でデ7000形に会う

高岡駅だと思います。
氷見線か城端線へ行くときに出会ったんだと記憶しています。
この時は、おそらく乗車していないかな。

すでに「万葉線」という愛称になっていますね。

1981年3月撮影




こちらは2018年8月7日の撮影。
当時の面影は・・・


2019/09/17

国鉄 城端線の旧客に乗る

当時は、どこへ行っても旧型の客車がいました。
この車両、ほぼ満席ですね。
向こうの扉、「郵便室」と読めます。
だから車内は少し狭いんですね。

北陸の冬。
外は寒いですが、車内はスチームで暖かい。
ちょっと暑いくらいかな。





城端駅へ到着。
立派な駅舎です。

向こうには山。




山 また 山。
窓を開けて、外の冷気を楽しみます。




乗車していたのは オハユニ61。
オハ61は、好きな客車でした。
雪景色を楽しみながらの旧客は 最高の気分でした。



城端線 城端駅
1981年3月撮影

2019/09/16

国鉄 氷見線で乗ったキハ23

高岡へやって来ました。
氷見まで行ってみたくて乗車した氷見線です。
車両はキハ23。
当時、気動車はDMH17系列のエンジンがついていると皆同じように思えて、車両の形式に興味はありませんでした。




キハ20や35とは違う形態を、じっくり眺めるべきでした。
乗車していると、あまり違いは感じなかったんだと思います。




車内は混んでいます。
通学時間帯だったのかな。

当時、周遊券でいろんな所へ行き、いろんな車両に乗りました。
最近、乗車を楽しむ事を忘れているかな。。。



氷見線 氷見駅
1981年3月撮影

2019/09/15

真岡鉄道 SL復活の日 1994年3月27日

【笹原田~天矢場】

待ちに待ったSL復活の日です。
ワクワクしながら 下り茂木行きの一番列車を待っていました。
汽笛が聞こえたときは、全身が震えたような・・・

静かな雰囲気に見えるかもしれませんが、撮っている私の右左は人でいっぱい。
ここは道路から降りた低いポイントですが、上の道路にも撮影する人 人 人・・・
ファンだけでなく、地元の方も多かったと思います。

やって来たSL列車を見たときは感激しましたね~





【茂木駅】

終着の茂木駅へ行くと、お祭りのように盛り上った雰囲気。
今は線路に降りる事はできませんが、当時は こんな感じでした。
やはり、地元の方々も多い印象です。





【茂木~天矢場】

上り 下館行き。
当時は茂木駅にターンテーブルが無かったので、機関車は逆向きで走行。
沿線では大勢のファンや地元の人が見送っていました。

「SL」って凄いですね。
大人気です。
この日から25年。
これからも ずーっと 走り続けてほしいと思います。


1994年3月27日撮影

2019/09/14

国鉄 富山港線 岩瀬浜駅の夕暮れ

どうしても訪問したかったんです。
時間的にかなり無理をして、やっと夕刻に乗車した記憶があります。
岩瀬浜駅へやってきて、折り返しの時間を待つ間に暗くなってしまいました。
この後、富山駅へ戻って・・・
どうしたかな。。。


富山港線 岩瀬浜駅
1981年3月撮影

2019/09/13

いすみ鉄道 と 小湊鉄道 が出会う上総中野駅

【いすみ鉄道いすみ200形と小湊鉄道キハ200形が出会う上総中野駅 2009年11月7日撮影】

2019年9月9日(月)、千葉県に上陸した台風15号の影響で、いすみ鉄道、小湊鉄道は全線運休となりました。
9月13日(金)現在、いすみ鉄道は大多喜~大原間、小湊鉄道は五井~上総山田間で運転を再開しています。
台風で高圧鉄塔が倒壊するなど、想像もできませんでした。
両路線とも、山の中をひた走り、峠に差し掛かると上総中野駅に着きます。
沿線の景色は格別で、房総半島の迫力ある自然を堪能できますが、それだけに自然の厳しさを感じるときが随分あります。
上総中野駅で両社の車両を眺めているのは良いものです。
復旧したら、この景色を眺めに行きます。
お土産も買いますネ!




2019/09/12

鹿児島交通 伊作駅 ②

立派な駅舎!
撮らずには いられなかったんだと思います。
待合室で列車を待つ時間も楽しそうですね。


鹿児島交通 伊作駅
1983年9月撮影

2019/09/10

上越新幹線 開業前夜の上野駅

1982年11月15日に開業した上越新幹線。
大宮での暫定開業でしたが、多くの在来線特急や急行などが廃止、本数減となりました。
これらの写真は、その前日に撮影したものです。

廃止となる「いなほ」。
ホームには溢れんばかりのファンの姿が!



「とき」と「はくたか」




ボンネットは重厚。
特急電車の迫力。




583系「はつかり」。
向こうは「つばさ」。



「はつかり」は、昼間乗るには485系の方が好きでした。
583系は特急料金を払ってボックスシートだったから。

左に旧客も見えますね。



それでも、長編成の583系はカッコいい。
下段の寝台は窓を独り占めできて、寝転んで外の景色が見えるのでお気に入りでした。
それにしても、このファンの数!
凄い人気です。



東北・上越新幹線は大宮駅での暫定開業だったので、上野駅から大宮駅までは185系の「新幹線リレー号」が大活躍でした。



客車の普通列車も来ていました。
そのための機関車。
鹿島鉄道の帰りに、よく乗りました。
空いてて快適でした。



一番お世話になったのは急行列車かもしれません。
それも、ほとんどが夜行列車。
周遊券と時間さえあれば、どこへでも行けました。
ただ、今思えば、昼間の景色も見たかったなと。。。






開業を祝うアドバルーン。
気持ちは盛り上りましたね。
様々な在来線の列車がなくなるということが、前日の上野駅の喧騒からは想像できませんでした。

その後・・・
新幹線が開業して、昼間の景色を見るようになりました。
また、社会人になってみると、ちょっと遠出するには時間の短縮がありがたかったのも事実です。

今や・・・
インターネットで指定席が取れる。
朝早く、みどりの窓口に並ぶ必要もない。
便利な時代になりました。
それだから、不便だったけど、自由だった時代が懐かしいんだと思います。

もう・・・
戻れませんけどね・・・



上野駅
1982年11月14日撮影